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คุฌพระช่วยなまいにち。
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Posted by ヘザー
 
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2回目の訪問にあたって
先月のプラバートナムプー寺院の訪問から一ヶ月、ソンクラーンの休みを利用してもう一度訪問するにあたって考えたこと。わたしはどうしてここでボランティアをしたいのか?何をしたいのか?っていうこと。

私は、ホスピスで看護士をしている母の影響で、医療の現場は多く見てきた。二胡という楽器で音楽療法の活動をしていることも相まって、母の病院だけでなく老人福祉施設、障害児の施設、総合病院などいろんなところに楽器を持って行き、演奏活動をしていた。最初のころは、人間病気になるとこんなふうになってしまうんだ・・・というショックがなかった訳ではない。それは見た目だけの問題じゃなくて、まるで尊厳を失って自己決定も身の回りの世話も全て他人に任せなければならない状態に、わたしは何よりショックを受けた。それが本人の意思なのかそうじゃないのかも分からないままになってしまうのが、わたしにはすごく怖いことに見えたのね。

ここから思い出す話しがある。

私の母方の祖母は、5年前にガンで他界している。最後のほうは自宅介護で看取ったんだけど、このわたしのおばあちゃん、人から介護される状態になってもいつものおばあちゃんらしさをなかなか失わずにいてくれた。

大正生まれにしては背が高くて、しかも色白でおしゃれが大好きだったおばあちゃん。少し髪が伸びれば「お出かけできなくなる」と美容院に行きたがったり(もう実際ほとんど出かけられなかったけど)して、母が美容師さんと相談して、負担の少ない形で髪をカットしてもらいにいっていたし、私の演奏会があれば、一番のおしゃれをして車椅子で最前列に場所をとって見に来てくれた。もちろんこんな風だから、口が減らなくておばあちゃん自身も、家族ももどかしいところはたくさんあったけど、体が動かなくなっても、最期まで「生意気でおしゃれな」彼女らしくいられたことは、本人にも家族にもすごく大きな支えだったのね。看護はもちろんだけど心理面としては、おばあちゃんがその人らしく居続けられるように助けることが、私には一番大事に思えた。しかもその部分は双方にとって楽しくもあるしね。

もうひとつ。

福祉とか介護とかに興味があった私は、中学校の職業体験で老人福祉施設に働きに行かせてもらった。その前日に母に、お年寄りのお世話をさせて頂く時に気をつけていることってある?って聞いてみた。すると母はこんなモットー?があるらしく教えてくれた。
「施設や病院のひとはよく、そのひとのことを『おじいちゃん、おばあちゃん』って呼んだりして赤ちゃん言葉で扱うよね。でもその人には名前があるの。名前が分からない時以外、きちんとお名前を呼ばせてもらいなさい。頭のしっかりしている方には、特にきちんとした言葉で臨むこと。その人は『おばあちゃん』ではなくて、一人の人格と人生の歴史があって、いつまでもその人の人生の主役でいるべきなのだから。」


これ、子ども心に、お母さんかっこいいなぁーって思ったからよく覚えているんだけどあれから自分が随分大人になって改めて咀嚼してみたとき、わたしが奉仕をしたい理由はここに見つかる気がしたのです。

つまり、わたしはその人が病気になろうとも、尊厳を持ち続けていられるような環境に安心感を覚えるということ。自分はたまたま五体満足で、他人を助けられるツールを与えられているのだからそれを使って、そのひとがその人らしくいられるお手伝いをしたい。少しでも快適にいられるようにすることで、そのひとが健常なときと同じような精神状態に少しでも近づけたら・・・っていうのが私の願いです。





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